2012年09月20日
第5回 映画 「少年は残酷な弓を射る」

白いカーテンが、静かにゆれて大きくふくらみ、手まねきのごとく、その向こうから差し込む光の、おもわせぶりで、強烈な、誘惑で、物語は始まる、じきにどす赤いなにかに塗れながら、うごめきひしめく、不気味な群がりに、恍惚として肢体をのけぞらせる、それが、そもそもの、底知れずおぞましい、生命が宿ることにつながって。どうやら訳ありの生活を送っている中年女性の回想で、かつてあったらしい、家庭の様相が、映しだされるのだけれど、終始うかない顔の彼女にひきずられて、地獄の入り口がすぐ背後にせまっている気配に、落ち着かなくて。
彼女はあるいは、自分を反省しているのかもしれないけれど、幼い頃から、なぜか自分には容赦ない反発いやがらせをくり返してきた息子を、いまさらながら、必死になって理解しようと、絶えず考えているようでもあるのだけれど、その目によみがえって映るのは、痛々しいほどの、愛情というか、むしろ恋慕のようで、だって、あの目つきといったら、父親にはごく普通の男の子のように振る舞いながら、その目を盗んでの、母親を翻弄する視線は、やり場のない熱情をぶつける、まるで視姦。よそ見など許さずその目はするどく挑んでくる、もっともっとあなたの世界を自分だけのものに! そしてそれは、この世に産み落とされた母親の分身のようでもあって。
ことごとく、考えや行動を見透かされて途方にくれながら、彼女は母ではなく女になってしまいそうな自分をも怖れていたのでは、というのは勘ぐり過ぎ? 世界を旅する生活を愛していた彼女には、自分の想像を絶する対象物をまえに、怯え、戸惑うことが、じつはいいようのない刺激になっていたのでは? つねに強いられる緊張感、それはもはや母親であり大人の女であるはずの彼女を、未知の世界に足をすくませる少女のこころもちに、いざなってしまったのでは? そうして、暗黙の了解のうちにすでに日常化してしまったゲームは、おとしどころを求めてさまよい、悪魔の現出が余儀なくされて。
皮肉にも、キューピッドの矢は、最愛のもののみを、きれいに避けて、ほかのだれ彼を無慈悲に射抜く、まるで、ヴィーナスに捧げる供物のように。
陰惨な事件なのに、いくらか詩的で美しい解釈をしてしまうのは、その映像のどれもが、あまりに隠喩的で独特の物語世界を成立させてしまっているから。たびたび印象的に現われる、赤の色が、血とはまったく無関係なのに、だからこそ、鮮烈な血しぶきを、どうしても想起させられてしまう、というぐあい。もしもじっさいに、このような出来事がおこったら、と、恐ろしいきもちにもなるけれど、でも。
こわがりやさんも、必見の一作。ジョニー・グリーンウッドの音楽もさすが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』緊迫感たっぷり。
少年は残酷な弓を射る 2011年イギリス リン・ラムジー監督作品
公式サイト http://shonen-yumi.com/
(中島遥香)
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次回、第6回の公開は 10/18(木)正午の予定です。
次回、第6回の公開は 10/18(木)正午の予定です。
Posted by eしずおかコラム at 12:00